映画人九条の会Mail No.30

2008.07.30発行
映画人九条の会事務局

目次

7・12シンポジウム報告 「映画の自由と公正な映画助成を考える」

日本映画復興会議 事務局次長 伴 毅

 7月12日(土)午後1時半より、東京・京橋のフィルムセンター会議室で、シンポジウム「映画の自由と公正な映画助成を考える」(主催/日本映画復興会議、協賛/映画人九条の会)が開かれ、42名が参加して活発な討論をおこないました。
 シンポジウムは、一橋大学大学院法学科教授の阪口正二郎さん、アルゴピクチャーズ社長の岡田裕さん、映画監督の大澤豊さんの3名がパネラーとなり、映画評論家の山田和夫さんの司会で進行しました。
 まず、阪口教授から「文化に対する国家の援助と自由」として発言がありました。
【阪口教授の発言】
 文化に対する国家の援助はどこの国でもおこなわれているが、国家の主張と、既存の価値観に挑戦する芸術との間の対立は不可避なので、根本的な矛盾を抱えている。国家自身は、記者会見や広報、あるいは私人の意見として国家の主張を広める。そのために芸術も利用する。
 芸術・文化への給付(助成)については、権利ではなく「特権」にすぎないという議論があり、そういう立場での判例もある。一方では、公的援助の一つである公民館の使用について「不当な差別的取扱いをしてはならない」という判例もある。すべての芸術に助成をすることは不可能なので、選別は必要なのだが、「優れた芸術」を誰が判断するのかが問題。文化に関する判断は文化の専門家に委ねる必要がある。
 また「税金なんだから、国民の納得しないものには使えない」という言い分については、道路特定財源と芸術振興を同列にしてはいけない。

 アルゴピクチャーズの岡田社長は、映画「靖国」上映妨害事件の経過をリアルに述べました。
【岡田裕社長の発言】
 2月に文化庁から「試写をして欲しい」と要請があり、「試写は評論家等を対象に週2回ぐらいやっている」と答えると、「自民党の『伝統と創造の会』の議員を対象に」との事だった。断ると「文化庁に提出されているDVDでやる」というので、全国会議員対象にという条件でOKした。その後、朝日新聞の報道があり、新宿の上映予定館が断ってきて、他の館も支配人はやる気でいても会社から断りをいれてきた。
 問題がマスコミなどでも広がって、いまは45館ぐらいで上映を進めている。
 靖国神社からの抗議については、撮影許可は一つひとつすべて取っており、「秘祭」といわれたものも、他のマスコミも撮影していたもの。登場した刀匠も、完成後パンフにメッセージを寄せるなどして賛同しており、本人が「抗議はしない」と言っている。この事件については、ネットでのひどい書き込みが多く、この映画に対する圧力は、組織されたものではないかもしれないが、奥の深いものだと思う。
 文化庁は、国会議員の質問に対して助成金を守る立場でがんばっていたが、今年の助成審査では、これまでの助成作品の助成金の使い方などを細かくチェックしてきている。

 大澤監督は、助成金の仕組みについて発言。「申請はほとんど出していたが、もらえないときもあり、透明感がない。選考に残った会社を集めて説明するとか、応募者が納得できるような方法は無いか。映画の作り手として大きな問題。第三者機関的にお金は出すが口は出さないというものにして、映画人が自由に映画を作れる状況にして欲しい」。
 会場からの発言では、記録映画作家の羽田澄子さんが「政治家が映画のことでこういう発言をしたのは初めてで、びっくりした。こういう形で政治が介入するようになったら大変。登場した人物に議員が直接電話かけるようなことは許されない」。
 映演労連の高橋邦夫さんは「東映系の映画館が上映を断ったと報じられた翌日、すぐに文化庁に質問状を出した。稲田議員にも抗議した。税金が使われていることを口実にして与党の国会議員が政治介入したことが最大の問題。これからもこういう動きが起こるのではないか」と発言しました。
 そのほかにも「これは憲法に繋がる問題。助成金があったから作れた映画も多い」「記録映画と劇映画とでも助成の差別が大きい。記録映画が政治的内容になるのは当たり前」「芸術文化振興基本法に違反しているのでは」「『政治的宣伝意図を持った映画と、政治的なテーマをもった映画とは区別している』という文化庁の答弁は重要で、これを貫いて欲しい」「自粛や萎縮をせず、政治的映画を作り続け、助成金の申請をし続けよう」「助成が出るのは応募の3割程度で、額も劇映画では直接製作費の1割程。半分ぐらいは欲しい」など、活発に意見が出されました。

「ビラ配布の自由を守る7・9集会」で、高橋事務局長が映画「靖国」政治介入問題を報告

 ビラ配布への弾圧事件が相次いでいる中で7月9日、「あぶない!言論の自由が! ビラ配布の自由を守る7・9集会」が、東京・日本教育会館一ツ橋ホールで開かれ、会場いっぱいの約950人が参加しました。
 一橋大学大学院の渡辺治教授が「ビラ配布の自由と日本国憲法」と題して記念講演したほか、映演労連委員長の高橋邦夫さん(映画人九条の会事務局長)が映画「靖国」への政治介入問題を訴えました。高橋事務局長の訴えの要旨は以下の通りです。

 映画「靖国」の事件は、様々な問題を内包した事件だが、私が一番の問題だと思うのは、映画への公的助成を口実に、与党の国会議員によって政治介入が行われたことだ。
 これは、安倍晋三らによる政治介入で内容が改ざんされたNHKのETV番組「問われる戦時性暴力」と同じ構図であり、また自民党の礒崎陽輔議員が今年5月20日の参議院総務委員会でNHKスペシャル「セーフティーネット・クライシス」を攻撃したのも、同じ構図だ。
 そしてこの自民党議員の政治介入から、上映の「自粛」も、右翼団体などによる妨害運動も起こっている。
 まず、週刊新潮が昨年12月に「反日映画に日本の助成金」という記事を書いたが、これに触発された自民党の稲田朋美議員が2月12日、「靖国」への公的助成が適切だったかどうかを検証したい、映画も見たい、と文化庁に要請した。これが事の発端だ。
 すると文化庁はこれを拒絶するどころか、直ちに製作会社や配給会社に対して圧力をかけ、3月12日に検閲に等しい事前試写会をやらせた。官僚は本当に与党議員に弱いが、それにしても与党の政治介入に手を貸した文化庁は情けないし、責任は重大だ。
 映演労連は4月7日、この問題で文化庁と交渉を持ったが、文化庁は「今回の対応に間違いはなかった」「助成が適正に行われたかどうか検証したい、と議員に言われれば、断ることは難しい」と開き直る始末だった。
 映画「靖国」に介入してきたのは、稲田議員だけではない。3月25日の参議院文教科学委員会では、自民党の水落敏栄議員が「政治的なものを意図する映画に助成金が出ていることは大問題だ」などと文化庁を追及している。
 また3月27日には、同じく自民党の有村治子議員が参議院内閣委員会で、こともあろうに「靖国」の助成承認にかかわった審査員が「映画人九条の会」のメンバーであることを問題にした。有村議員は、「映画人九条の会のメンバーであることを知らないで審査員選んだのか」とか、「その審査員の政治的、思想的活動が『靖国』への助成決定に影響を与えたのではないか」などと執拗に文化庁に迫ったのである。まるで一昔前の「赤狩り」のようだった。
 さらに有村議員は、「靖国」の中心的な登場人物である刀匠の刈谷直治さんに直接電話をして、刈谷さんから「出演シーンを全部外してほしい」という発言を引き出すことまでしている。国会議員にこんなことをされたら、ドキュメンタリー映画は作れなくなる。
 しかし今回の「靖国」事件では、特筆すべき状況が生まれた。上映中止という異常事態に、映演労連をはじめ数多くの団体や映画人、言論人、ジャーナリストなどが、相次いで上映中止と政治圧力に抗議する声明や談話を発表したのだ。こうした抗議声明の機敏な広がりは、稲田議員や有村議員の思惑を一定打ち砕いた。
 また、こうした動きと連動するように、全国各地で「靖国」を上映しようという映画館が次々に現れた。現在全国の上映、または上映予定館数は約40館以上に上っている。自主上映の計画も各地で進んでいる。
 ただ、これで問題は終わったわけではない。政治的、社会的テーマを持った映画ほど、大企業などのスポンサーが付きにくく、こうした映画こそ公的な助成が必要だが、こうした映画がまた与党議員によって攻撃され、それに文化庁が追随したら、こうした映画への助成決定は難しくなる。製作側も公的助成を受けようとすれば、こうしたテーマの映画を自粛することになる。映画の多様性が失われる。芸術文化振興会の審査員の選任では、これから映画人九条の会の会員などが排除されかねない。
 今回の「靖国」事件は、こういう重大問題を産み落とした。問題は終わっていない。公的助成を口実にした政治介入を排して映画への公正な助成を取り戻し、表現の自由を守ること、そして多様な映画文化の発展を目指して、映演労連は微力ながら今後も力を尽くしたい。

【お薦め映画紹介】 「ラストゲーム 最後の早慶戦」 あらゆる圧制を撥ね除けて、人間的要求としての野球試合を遂行

羽淵三良/「映画人九条の会」運営委員・映画評論家

 この映画の時代背景は──。1941年12月8日、日本の真珠湾攻撃で、太平洋戦争始まる。1943年4月、文部省が当時圧倒的人気のあった東京六大学野球連盟に解散指令。「野球は敵国アメリカの国技」という口実で、5月20日には早慶戦も中止となる。
 早稲田の野球選手・戸田順治(渡辺大)がいる戸田家では、長男栄一の出征が決まって、久しぶりに家族全員がそろって夕食となる。父栄達(山本 圭)は、「栄一は立派に軍人になったが」、順治は「いつまで敵国の野球をやっているのか」となじる。順治がもどってきた野球部の合宿所では、軍人が配置されていて、野球部のちょっとした軍部批判の日常会話も、ビンタの対象となる戦時状況だ。

せめて生きた人間の証として、何か“最後の思い出”を

 早稲田の合宿所では、野球部顧問の飛田穂洲(柄本明)が学生と共に泊まり込んで、「戦場に駆り立てられていく学生たちに、せめて生きた証をとして、何か“最後の思い出”を」と考えている。学生たちは飛田と同じ想いで、試合はできなくても練習を続けている。
 同じ想いの人たちは慶応の側にもいた。ある日、慶応の小泉信三塾長(石坂浩二)が早稲田の合宿所を訪れ、「学生たちが出征する前に早慶戦をやるのが、野球選手の願いだ」と言っている、として試合の申し入れに来る。早稲田の田中穂積総長(藤田まこと)は、文部省や軍に気遣い、「早慶戦は絶対に許可できない」と強硬な態度に出る。
 さて、この障害をどう乗り越えるのか。ドラマは早大の側から展開する。飛田は「野球部単独で早慶戦をやる」と決意し、大学の総長室に出向いて、総長の田中と対決する。この場面は実に圧巻。
 「早稲田は津田左右吉、大山郁夫など多くの歴史学者や政治学者が、権力によって教壇を追われています」「官憲の目を考え、早稲田を守ろうとする総長の意思はよくわかります」「しかし、追われた学者たちはそれでも節を曲げていません。それこそ真の教育者の姿ではないでしょうか」「私は早慶戦に反対する人と、あくまで闘います」。田中総長は早慶戦を黙認する。

試合は10対1で慶応が負け、試合終了後、思わぬことが起こる

 1943年10月16日、満員の早稲田の戸塚球場で待ちに待った最後の早慶戦は行われた。試合は慶応側の練習不足で、10対1と早稲田が圧勝。試合が終了した直後、最後のどんでん返しとして思わぬことが起こる。人間的要求としての野球試合を選手たちが遂行した後、無数の感動を呼ぶ場面が観覧席から展開していく。その内容は、さて置いて──。
 スクリーンは、1943年10月21日、明治神宮外苑での、あの雨の降りしきる中の“学徒出陣壮行会“の場面に転換する。その中には早慶の野球選手たち、早稲田の戸田順治らもいる。そして、その劇写の映像が、銃剣をもって雨の中を行進する、当時記録されたあの古いフイルムの映像に移り代わる。最後の早慶戦に出場した選手たちのうち、早稲田の4人の選手が戦死。その中の1人、三番打者だった近藤清は特攻隊員として、沖縄の海で戦没。また、最後の早慶戦の慶応の4番、別当薫は戦後プロ野球で活躍。飛田の指導で戦火の中、マネージャーが防空壕に運び入れて守り抜いたボールは、戦後、他の大学にも提供され、戦後の大学野球の復活に寄与した。
 監督は『郡上一揆』『北辰斜めにさすところ』の神山征二郎。実話の映画化である。1時間36分。8月23日(土)よりシネカノン有楽町1丁目、渋谷アミューズCQNほか全国ロードショー。

【情報コーナー】

九条の会が9月13日に学習会「名古屋高裁判決と派兵恒久法」
日時: 9月13日(土)13:30〜(開場13時)〜16:00
会場: 東京・星陵会館(地下鉄永田町駅下車6番出口)
講師: 小林 武(愛知大学教授・名古屋高裁訴訟で鑑定意見書提出)/半田 滋(東京新聞編集委員・自衛隊の実態を克明に取材、調査)/渡辺 治(一橋大学教授・今日の政治情勢と派兵恒久法を語る)
事前申し込み必要なし。
参加費: 1,000円
主催: 九条の会事務局 03-3221-5075
映画人九条の会「山田朗講演録」が各HPに掲載
 6月13日に行われた映画人九条の会での山田朗先生(明治大学教授)の講演録「イラク派兵違憲判決の意義」が、憲法改悪反対共同センターのHP「憲法を知ろう」コーナーと、マスコミ九条の会のHP、それから映画人九条の会のHPに掲載されました。大変素晴らしい講演内容です。ぜひアクセスしてお読みください。

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