映画人九条の会Mail No.44

2011.7.5発行
映画人九条の会事務局

目次

あまりに姑息! 大震災に便乗した改憲策動

 3月11日に起こった東日本大震災は、巨大な地震と津波によって東日本や関東各地に甚大な被害をもたらし、さらに同時に発生した福島第一原発のレベル7に至る深刻な事故によって、私たちの国は今、先の見えない混乱した事態に陥っています。

 今こそ基本的人権と生存権、平和主義などの憲法の諸原則に則って復興を進めなければならないときですが、なんとこの大震災に便乗して憲法改悪の策動が強まっています。

 超党派の新憲法制定議員同盟(会長・中曽根康弘元首相)は4月28日、国会内で「新しい憲法を制定する推進大会」を開き、「(震災で)現行憲法の欠陥が明らかになった」として震災に即応できる新憲法の必要性を訴える決議を採択しました。民主党の鳩山由紀夫前首相は、「憲法審査会が参院において設置されていないが、政治の不作為であり、この状況を早く解決する」「憲法改正を行う大きなきっかけの年としたい」などと改憲へ決意を述べました。

 また5月3日の憲法記念日には、自民、民主、公明などの国会議員でつくる「新憲法制定議員同盟」など改憲派の団体が集会をひらき、「東日本大震災で緊急事態規定のない憲法の欠陥が明らかになった」「緊急事態対処の憲法体制を整備せよ」など、大震災に便乗した改憲の動きを強めました。

 5月9日には、民主党の岡田克也幹事長が記者会見し、民主党に憲法調査会を設置し、会長に改憲論者の前原誠司前外相を充てることを発表しました。

 5月18日には、参院本会議で改憲手続き法に基づいて憲法問題や憲法改正原案を審議する「憲法審査会」の審査会規程が、民主、自民、公明各党などの賛成多数で可決、制定しました。

 そして6月7日には、憲法改正の発議要件を衆参両院の各3分の2以上の賛成から両院の過半数に緩和することを目指す「憲法96条改正を目指す議員連盟」の設立総会が開かれました。総会には、民主党、自民党、国民新党、公明党、みんなの党、たちあがれ日本、無所属の約100人が出席し、西岡武夫参院議長も参加。顧問には森喜朗、麻生太郎、安倍晋三元首相が就任しました。呼びかけ人の民主党の小沢鋭仁前環境相は、「憲法の個別の話に入る前に、時代の変化に合わせた憲法のあり方を考えるべきだ」とあいさつ。自民党の古屋圭司元経済産業副大臣は「憲法制定以来、初めての改正の動きだ。今日は歴史的な一日になる」と述べました。この議連は、9条など議論が対立しやすいテーマを避け、96条改正に絞ってこっそりと改憲を進めようとするものです。あまりに姑息な策動です。

 いま政界は、菅首相下ろしとその後の「大連立」構想で連日右往左往していますが、これら改憲をめぐる動きはこの「大連立」構想と軌を一にするものです。大震災の復興に名を借りた「大連立」下で、懸案の消費税増税や衆参比例定数の削減(それによる少数党の締め出し)、憲法改悪(それも96条改正を突破口にした)を一挙に進めようとするものです。まさに大震災を利用した悪政の強行としか言いようのないやり方であり、信じがたいほど国民を愚弄した政治手法です。こんなドサクサに紛れた憲法改悪の策動を、絶対に許してはなりません。全国民と全九条の会の力を結集して、悪政の強行と憲法改悪の策動を必ず粉砕しましょう!

原発依存から脱却し、再生可能な自然エネルギーへ転換を!

映演労連委員長 金丸 研治

 東日本大震災直後に発生した福島第一原子力発電所事故は、全電源喪失とそれに続く三基の原子炉のメルトダウン、建屋の水素爆発と放射性物質の広域拡散によって、国際原子力・放射線事象評価尺度はチェルノブイリ原発事故並ぶレベル7という最悪の事態に陥り、今もなお収束の目処すら立っていません。

 日本における原子力開発は広島・長崎の原爆投下から10年もたたないうちに始まっています。1952年サンフランシスコ講和条約の発効により日本の原子力研究が解禁されると、1954年マーシャル諸島を航行中の第五福竜丸がビキニ環礁で行われた水爆実験により放射性降下物を浴び乗組員が被爆した事件が起こったのと同じ年に、当時改進党の代議士であった中曽根康弘氏らが原子力研究開発予算を国会に提出、翌1955年12月19日には原子力基本法が成立し原子力利用の大綱が定められました。

 この基本法成立を受けて原子力委員会が設立、初代委員長には読売新聞社主の正力松太郎氏が就任。以降歴代政府は原子力の平和利用の名の下、原子力開発を国策として一貫して推進、この流れは自民党から民主党への政権交代があってもゆるぎなく継続しています。政治家、官僚機構、電力会社、メーカー、ゼネコン、研究者、報道機関は強大な利権構造の中で癒着し、安全神話を撒き散らしながら地元住民を巻き込み、一貫してその危険性を隠蔽し続け、この狭い日本列島に54基もの原子炉を作ってしまいました。

 杜撰な管理体制を改めることなく、ひたすら利権に群がり続けた挙句引き起こされた今回の凄惨な事故は、人々から生活、仕事、故郷の暮らしのすべてを奪いさり、数十年にわたって生命を危険にさらす犯罪的な人災であり、日本国憲法が保障する生存権を脅かす行為です。

 事故の衝撃はドイツやスイス、イタリアなど各国のエネルギー政策の根源的な転換を促しました。安全神話は完全に崩壊しました。今も福島第一原発では溶融した燃料が原子炉格納容器をも突き破り、原子炉建屋地下コンクリートにめり込み始めるなど、事態は一層深刻化し、放射性物質が漏洩・拡散し続けています。海外各国の日本への評価は支援の対象から、放射能汚染加害国に変わってしまいした。

 しかし安全神話が崩壊したにも関わらず、大本営発表のような報道が今も繰り返されています。経産省や電力会社、そして多くの報道機関はこぞって電力不足と節電協力を脅迫的に喧伝するとともに、原子力発電の必要性を強調しています。また、海江田経済産業大臣は現在停止中の35基の原子炉の内、定期検査中の18基の原発の安全対策が終了したとして、全国の自治体に対して再稼働に理解を求めています。

 日本は地震多発国です。そして1995年の阪神・淡路大震災以降、日本は地震の活動期に入ったといわれています。東海地震のおきる確立は87%、東南海・南海地震は日本最大のものと言われています。54基の原子炉のうち、一つでも深刻な事故が発生すれば日本の国土・国家は壊滅してしまいます。東海大地震震源の真上に立つ浜岡原子力発電所の発電停止だけでは全く不十分です。現在停止中の原子炉を再稼働させることなく、残り17基を順次停止しても決して電力不足に陥ることはありません。

 多くの市民は、日本が原発依存から脱却し、すべての原子炉を廃炉にし、再生可能な自然エネルギーへ政策転換することを望んでいます。

【お薦め映画紹介1】
タブー視されてきた史上最大のユダヤ人一斉検挙事件、フランスの女性監督が映像で再現する── 「黄色い星の子供たち」

羽渕 三良 (映画人九条の会運営委員/映画評論家)

 1942年7月16日、夜明け前の午前4時、ナチスドイツの占領下にあったパリで、4500人のフランス人警察官、憲兵、極右政党員らが、怒鳴る声とドアへの激しいノックで、ユダヤ人の女性も子供も老人も一人残らず、容赦なく逮捕し、ヴェル・ディヴ(冬季競輪場)へ連行した。その人数は1万3000人。この事件はヴェル・ディヴ事件と呼ばれている。

 53年たってやっと1995年、シラク大統領がフランスの犯罪を認めた。3年間にわたって元ジャーナリストのローズ・ボッシュ監督(女性)がねばり強い調査と分析を行い、脚本も手がけ、比類のない質の高さで、本格的な歴史的悲劇を映画で再現した。 ヴェル・ディヴと呼ばれる冬季競輪場。ドーム型で高い天井。観客席がはるか遠く高くまで迫り昇っており、そこへぎっしりと押し込められたユダヤ人。水も食料も健康管理もなく、暑さと飢えと狂気の中で、5日間閉じ込められる。

 このすさまじい出来事は、まだほんの始まりであった。その後、突然にロワレ県ボーヌの収容所へ移送される。そこで男性群と、母親を含めた女性群と、子供たちの3つのグループに分けられ、まずは男性たちが列車に乗せられ、続いて女性たちが列車に。子供たちだけ残される。大人たちはガス室に送られた。子供たちはどうなったか──。

 フランスで1940年7月10日、ペタン元帥を主席とするヴィシー政権が誕生した。この政権の首都がフランス中部の都市ヴィシーであったことから、ヴィシー政権と言われた。この政権はナチスドイツからフランスが解放される1944年まで続いた。

 フランスでは、ヴィシー政権のフランス権力による、以上のようなユダヤ人逮捕、連行、強制収容所送りが行われたが、他方、フランス人はユダヤ人の逃亡を助け、かくまうなど、1万人のユダヤ人を救ったと言われている。

この作品は7月23日(土)から、TOHOシネマズシャンテ、新宿武蔵野館ほかにて順次全国公開される。

【お薦め映画紹介2】
新藤兼人監督の最後の作品にして最高傑作! 「一枚のハガキ」

高橋 邦夫 (映画人九条の会事務局長)

 今年の夏、新藤兼人監督の最新作「一枚のハガキ」が公開される。この映画は新藤監督が98歳の時に作った49本目の映画で、監督自身が「いよいよ最後だと思ってこの映画を選んだ」「最後だから言いたいことをぜんぶ言おうと(思って作った)」と宣言した作品である。

 物語は、太平洋戦争末期に招集された100人の中年兵の話である。最初は掃除部隊に配属された100人は、その後上官が引くくじによって赴任する戦地が決まり、運よく別の掃除部隊に配属された6人だけが生き残った。彼らの生死を分けたのは、くじだったのである。戦争の愚かさが胸を刺すが、これは新藤監督の実体験である。

 松山啓太(豊川悦司)は、フィリピンへの赴任が決まった森川定造(六平直政)から一枚のハガキを託される。「今日はお祭りですが あなたがいらっしゃらないので 何の風情もありません。友子」とだけ書かれた妻・友子(大竹しのぶ)からのハガキであった。

 戦争が終わり、啓太は生きて故郷に帰ってきたが、くじ運だけで生き残ったことに罪悪感を持ち、毎日を無為に過ごしていた。ブラジルへの移民を思いついた啓太は、荷物を整理していて森川から託されたハガキを見つける。ハガキを持って貧しい農家に暮らす森川の妻を訪ねた啓太は、夫が戦死した後、家を守るために夫の弟と結婚させられ、その弟もまた戦死し、夫の父母も立て続けに亡くなって、戦争を恨みつつそれでも生き抜こうとする女の姿に大きく心が揺れた──。

 大竹しのぶらの熱演で、戦争の愚かさや悲惨さが激しい叫びとなってほとばしり、また笑い弾ける。

 新藤監督は昨年の第23回東京国際映画祭の授賞式で、「戦争をやってはいけない。戦争は人間を抹殺しますから、いかなる理由があっても絶対に戦争はやってはいけない。一人の兵士が戦地へ行くと、その後方の家庭が壊されます。奥さんが未亡人になります。それから一家の中心となって働いてきた人が死にますと、一家が砕けてしまいます。そういう戦争の悲惨さを、私の経験を通じましてドラマを描きました」と語ったが、監督のその思いは見事に画面に結実した。

 大竹しのぶだけでなく、豊川悦司も六平直政も大杉漣も柄本明も、俳優がみんな素晴らしい。大竹しのぶが水桶を天秤棒で担ぐシーンは、名作「裸の島」を彷彿とさせる。そして映画は、反戦への激しい思いとともに、すべてを失ってもなおたくましく生き抜こうとする人々の生命力が、美しいラストシーンとなって昇華する。

 新藤監督は「小さな映画人の小さな映画です」と語っているが、近年の最高傑作であり、大きな映画である。

 第23回東京国際映画祭・審査員特別賞を受賞。8月6日よりテアトル新宿、広島・八丁座にて先行ロードショー。8月13日より全国ロードショー公開。 (「学習の友」9月号より転載)

【情報コーナー】

11月19日(土)に、「九条の会第4回全国交流集会」開催
 このところ各地でブロック交流集会を開催してきた九条の会ですが、今年は久しぶりに全国交流集会を開くことになりました。日程は11月19日(土)、開催場所は東京・日本教育会館など。開催要項の詳細は後日報告します。
映画「東京原発」が面白い!
 2002年に公開された映画「東京原発」(監督・脚本・山川元/主演・役所広司)がいま、面白いと評判です。福島第一原発の事故という状況の大変化が、この映画の価値を劇的に高めたようです。すでにDVDが発売されていますので、Amazonなどで購入するか、レンタル店にも置いてあります。一度見てみませんか。

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